議長のつぶやき・・・

Sep 12, 06言葉と思い

少し前に新聞記で見た記事…「昔の高校球児は“気合”で投げました・打ちましたと言っていましたが、今は“気持ち”でと変わっています。意味合いは素直に捉えられるのだけれども、この言い回しの真意が掴めない。想像するに、泥臭い表現を嫌う現代っ子なりの言い回しなのか」

以下。脈絡も無く、15年以上前、詩的に・いまだに自分の中に残っている歌詞を紹介します。

『進むべき道も 見つけられなくて やり場の無い怒りに 打ちのめされた

時の過ぎるまま 生きてたあの頃 ラジオから流れた一曲のパンクロック

静けさかき消す ノイズの向こうに 探した答えが煌いてた

孤独におびえて 群れなすことで 誤魔化し合うのは昨日までさ

何もかも変わると信じていたぜ 歴史の新たなページが開くと

スポットライトに汗にじませて マイクに思いをぶちまけた

乞食まがいのヒッピー達に絡んで 時代は変わると吐き捨てた

随分昔の話になるぜ 今やパンクも奴等と変わらない

Now Again 

あの頃のレコードは傷だらけになったが

あの頃の気持ちはこれっぽっちも変わらない

世界のカラーを塗り替えることなく 数多くの連中が挫折した

虫好かぬ奴等の仲間入り果たして サクセスを掴んだ奴等も居るさ

ただ残された遺産は受け継がれて行くぜ 俺からお前に次の世代へと

Now Again 

今日が昨日になるように 何もかもが古くなる

またゼロから始めよう 放たれた矢は飛び続ける』

今思い返すと、JC活動に当てはめて変詩できる気がします。